医療分野におけるブロックチェーンの有用性と可能性

by AIGRAM

ブロックチェーンは、データが分散保存され、一度記録すると変更・改ざんが不可能である特徴から、医療分野でも積極的な活用が検討されています。医療分野におけるブロックチェーンの活用は2016年、エストニア電子政府での利用に始まり2017年、米国におけるワークショップを皮切りに世界中で急速に進んでいます。
本記事では、ブロックチェーンが医療分野で、どのように活用できるのかについて考えていきます。

目次

ブロックチェーンとは?

ブロックチェーンはもともと仮想通貨であるビットコインの基盤技術として開発されたものです。仮想通貨は多くの取引が行われており、どのような取引が行われたのかを記録しておく必要があり、そのデータベースとしての役割を果たすのがブロックチェーンです。
ブロックチェーンは様々なデータのやり取りを複数のネットワーク上のコンピュータ同士で同時に接続し処理記録するデータベースであり分散型台帳と呼ばれるものの1種です。

現在私達が利用しているようなデータベースのシステムとの違いについてみていきましょう。まずひとつ目にブロックチェーンは情報が暗号技術により過去から1本の鎖でつながった可能ように記録されます。つまり現在の情報と過去の情報が紐付いているのです。これにより現在の情報を改ざんしようとすると紐ついた過去の情報との矛盾が起こり、改ざんしたことが明らかになるのです。ブロックチェーンの情報を改ざんしようとすると過去にさかのぼってすべて改ざんしていかなくてはならないため改ざんをしようとするときにかかる労力が非常に多くなります。そのためブロックチェーンは改ざんに強いのです。
また、従来のデータベースはいろいろな場所で記録された情報を中央の管理主体に集中させて管理するというものでしたが、分散台帳のシステムでは中央で情報を集中的に管理する管理主体はおらず、複数のシステムがそれぞれ情報を共有しており、常に同期されています。これにより、中央のサーバーがダウンして誰もデータベースにアクセスできないというような状況になりにくく、どこかのシステムが停止・故障してもシステム全体が運行できないという状況になりにくいという利点があります。

ブロックチェーンが医療に与える影響は?

冒頭で言及したように現在の医療は患者の情報をどのように扱うかが非常に重要になってきています。今までどのような病気になったことがあるのか、薬は何を飲んでいるのか、どの医療機関を受信しているのかなど多岐にわたります。そんな情報量の多い医療とブロックチェーンは相性がとても良いのです。

まず分散型台帳の特徴として、異なる医療機関同士で情報の保存形式に互換性があるという点について、現在の電子カルテシステムでは医療機関が異なると、情報のやり取りをするのに連絡をとって、紹介状を書いてもらい、画像データなどはCDなどにいれて送付してもらうなどの手続きを取る必要があります。他院のかかりつけ患者が救急で自分の病院を受診してきたときに、本人が話しをできないということもあるのでそのときにその患者がどんな治療を受けているのか調べるのに大きな労力や時間を費やすこともしばしばあります。ブロックチェーンにより医療機関同士情報のやり取りが容易になればそのような手続きの手間をなくしてよりシームレスな医療を提供したり、情報の漏れをふせぐことができます。

次に改ざんに強いという点です。医療で扱う情報は多岐にわたりプライベートに大きく関わるものも多くなっています。ときには裁判などの証拠に採用されたりすることもあるので、改ざんなどが問題になることもしばしばあります。実際に医師がカルテを改ざんしたという事例の報告もありカルテの改ざんをどのように防ぐかということは紙カルテの時代から引き続いて重要な課題であり続けているのです。ブロックチェーンは前述したように改ざんしようとするとその情報に紐ついた過去の情報についても改ざんしないと行けないので改ざんがしにくいという特徴があります。

電子カルテ(診療情報の保存・共有)

カルテの改ざんができない

紙カルテが容易に改ざんできてしまうことは想像に難くないと思います。近年では、多くの病院が電子カルテを導入しており、電子カルテでは修正記録を残すため、改ざんできないと考える人もいるでしょう。しかし、情報の管理者が病院であるため、やろうと思えば病院はカルテの改ざんが可能です。医療訴訟など病院側に都合が悪い場合、カルテが改ざんされる可能性があります。実際に電子カルテの改ざんが認定された裁判の判例が存在します(※1)。この事例では、電子カルテでありながら、書き換えた際に書き換え前の記載が保存されない設定とし、改ざんを行っていたのです。
ブロックチェーンを使えば、誰にも変更・改ざんは不可能ですので、こうした事態がなくなります(※2)。

また、患者自身がいつでも自分の診療情報にアクセスできるようになり、いつどこで誰がデータを書き加えたのかという履歴も閲覧できるため、情報の透明性が確保され医療情報管理への信頼性が高まります。

管理者が改ざんしなくても、管理者が外部からハッキングされるとデータの漏洩、改ざんの被害を受ける恐れがあります。しかし、ブロックチェーンは管理者が不在の分散型台帳技術です。管理者が存在しなければ、ハッキング被害は最小限に抑えられます。仮に1人の医師がハッキングされたとしても、管理者がハッキングされた場合と比べれば被害は圧倒的に少なくなるでしょう。このように、ブロックチェーンでは、情報セキュリティの向上も期待できます。

素早い情報提供・共有が可能

多くの医療機関では、患者の診療情報を各病院内で管理・保存しているため、病院間での情報提供・共有に手間と時間が非常にかかる状況です。他院への情報提供・共有はいまだに紙面やFAXで行われています。その理由として現在の仕組みでは、外部とつながったネットワークを通しての情報のやり取りに、セキュリティ上の不安が残るからです(※2)。診療情報は、その人の人生を左右するほど重大で機密性の高い個人情報であり、外部への漏洩は絶対に許されません。従って、セキュリティが万全ではないネットワークによる情報提供・共有システムの構築は進んでいませんでした。しかし、ブロックチェーンによるネットワークではそのセキュリティの高さから、漏洩の心配がなく他院への素早い情報提供・共有ができると考えられます。そのメリットとして、例えばかかりつけの病院以外に救急搬送され、本人の意識がない場合などの緊急時を考えてみます。その際にこれまでの診療情報を素早く参照し、迅速かつ適切な処置を施すことで救命率や治療効果を高めることができるのです。

患者自身が診療情報の参照者を知ることができる、参照者を許可制にできる

現在のカルテシステムでは、患者自身が自分の診療情報を参照する対象者(医療者)が誰かを知ることができません。また、患者は情報によっては主治医のみに開示したいというケースも想定されます。例えば、患者がその医療機関の職員であり、無闇に他の職員にカルテを閲覧されたくないケースです。ブロックチェーンを導入すれば、このような患者に関連する情報の共有について、患者自身が許可した対象者に、該当する情報のみを参照させるという運用も可能です(※2)。

災害でデータが失われることがない

各病院のみで診療情報を保存している場合、災害等で物理的にPCが損傷してしまうと、データが失われるリスクがあります。2011年の東日本大震災時には、津波により27%のカルテデータが失われました(※3)。しかし、ブロックチェーンでは、分散して情報を保持するため、病院自体が物理的に被害を受けたとしても、情報が失われることはありません。

臨床試験・研究におけるデータ不正・改ざんの防止

日本では2014年、製薬会社社員が研究・論文不正を働き、逮捕されたディオバン事件が有名ですが、世界各地で功を焦った研究者による研究・論文不正事件が後を絶ちません。そのため、臨床試験や薬事申請においてデータ不正をなくすための取り組みにブロックチェーンの導入が試みられています。米国医薬食品庁(FDA)では薬事申請そのものの手続きにブロックチェーンを用いることを検討しており、国際協調のもとにその動きが推進される可能性もあります。また、医療機器についてもその保守や医療機器から発生するデータの管理でも期待されています(※4)。

医薬品のサプライチェーン

医薬品の流通におけるトレーサビリティの確保にもブロックチェーンの活用が期待されています。日本では少ないですが、インドでは市場の10%の薬が「偽薬」として流通し、多くの死者が出ている状況です。これらは他国でも混入する危険性があります。その対策として、いつ誰がどの薬に触れたかを追跡するシステムの構築が進められています(※4)。製造者のみが製造番号を付与できるようにし、独自IDを付けることで、偽薬がサプライチェーンに混入するのを困難にします。FDAでもブロックチェーンを用いた対策を始めており、日本も追従していくことでしょう。

医療分野におけるブロックチェーンの可能性に期待

本記事では医療分野におけるブロックチェーンの有用性・可能性についてみてきました。ブロックチェーンは、インターネット以来の技術革新だといわれており、例にもれず医療分野においても大きな変革が期待できる技術といえるでしょう。医療分野におけるブロックチェーンの動向を今後も注目していきたいと思います。

まとめ

今回はブロックチェーンが医療に与えるかもしれない影響について解説しました。
ブロックチェーンは改ざんに対して強く、分散型台帳であるためにシステム間の情報のやり取りが容易であるという特徴があります。多くのデリケートな情報を保存し日々活用している医療界のデータベースと非常に相性が良い技術なのです。今後医療の世界をブロックチェーンが大きく変えていくかもしれません。

参考文献

「電子カルテの改ざんと裁判所の反応」メディカルオンライン医療裁判研究会

クリス・ダイ,ほか:変動する医療分野で必要な検査部の多様な役割と課題 患者中心型の分散型医療情報共有技術としてのブロックチェーンの可能性.日本臨床検査医学会誌,69巻1号 Page25-37,2021.

総務省「災害時における情報通信の在り方に関する調査」(平成24年)

水島 洋:公衆衛生や保健医療へのICTの応用の現状と未来 保健医療における人工知能やブロックチェーンを利用した情報システムの展望.東海公衆衛生雑誌,7巻1号 Page18-28,2019.

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