『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』ピーター・ディアマンディス、スティーブン・コトラー

by AIGRAM

人工知能やAIなどの進化するテクノロジーが、同じく進化する別のテクノロジー(たとえば拡張現実、AR)と合わさったとき、何が起こるのか。小売り、広告、娯楽、教育をはじめ多くの産業に破壊的変化が起きているのは、両者の「コンバージェンス(融合)」の結果です。現在、地球上の主要産業が一つ残らず、まったく新しい姿に生まれ変わろうとしています。では、どんな世界が待ち受けているのか。以降で、詳しく解説していきます。

目次

コンバージェンス時代の到来

1. テクノロジーの融合

テクノロジーのなかには、一定間隔で性能が倍増していく一方、価格は下落していくものがあります。その最たる例が「ムーアの法則」です。1965年、インテル創業者のゴードン・ムーアは、集積回路上のトランジスタの数が18カ月ごとに倍増していることに気づきました。つまりコンピュータのコストは変わらないのに、性能は1年半ごとに倍増していたのです。ムーアは心底驚くとともに、「このトレンドはあと数年~10年は続く」と予想し、現在は60年を迎えようとしています。ムーアの法則は死が近いと言われますが、2023年には1000ドルクラスのふつうのノートパソコンが、人間の脳と同じレベルのコンピューティング能力を持つようになると言われています。その25年後には、同じクラスのノートパソコンが地球上の全人類の脳を合わせたのと同じ能力を持つようになります。このペースで進歩しているのは集積回路だけではありません。あるテクノロジーがデジタル化されると、ムーアの法則にのっとって指数関数的な加速が始まります。現在このペースで加速しているテクノロジーのなかには、量子コンピュータ、人工知能(AI)、ロボティクス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、材料科学、ネットワーク、センサー、3Dプリンティング、拡張現実(AR)、仮想現実(バーチャルリアリティ、VR)、ブロックチェーンなどがあります。

ただし、これ以上に注目すべきなのは、これまでバラバラに存在していた「エクスポネンシャル・テクノロジー」の波が融合しつつあるということです。たとえば医薬品開発が加速しているのは、AI、量子コンピューティングなどいくつものエクスポネンシャル・テクノロジーがこの分野で融合しつつあるためです。エクスポネンシャル・テクノロジーが融合すると、その破壊力はケタ違いになります。単独のエクスポネンシャル・テクノロジーは製品、サービス、市場を破壊しますが、エクスポネンシャル同士が融合はそれだけでなく、それらを支える構造そのものを消滅させる力を秘めているのです。

2. ブロックチェーン

エクスポネンシャル・テクノロジーの中でも「可能性を実現するテクノロジー」と言われるのがブロックチェーンです。最初に実現したのはデジタル通貨です。通貨に「1」と「0」を使うという発想が最初に提案されたのは1983年です。しかし、当時問題となったのは一見解決不可能な「二重支出の問題」です。たとえば、デジタルドルを友人に渡しても、その通貨が本質的に「1」か「0」の数字にすぎないのであれば、友人にはコピーだけを渡して、オリジナルは自分が保有しつづけることだってできてしまうのでは?という問題です。ビットコイン(Bitcoin/BTC)はまさにそれを解決するための仕組みであり、その根底にあるブロックチェーン・テクノロジーです。ブロックチェーンは分散型の、可変性のある、許容度が高く、透明性の高いデジタル台帳です。「分散型」というのは、広く共有される集合的データベースであることを意味します。ビットコインを保有する人なら誰でも台帳のコピーを持っています。「可変性がある」というのは、誰かが台帳に新しい情報を書き込むたびに、すべての台帳が更新されることを意味します。「許容度が高い」というのは、現金と同じように誰もが使用できるということです。最後に「透明性が高い」というのは、ネットワークに属する誰もが、ネットワーク上で行われるあらゆる取引を見られることです。二重支出の問題は、これによって解決されています。

3. ブロックチェーンの信頼性

真のイノベーションは、取引が台帳に記録される方法にあります。通常の金融取引でお金を移動する場合、信頼できる第三者が必要になります。私があなたに小切手を振り出せば、第三者(通常は銀行)が私に支払いをするだけの現金があることを保証します。しかし暗号通貨は、この仲介者を排除し、代わりにネットワーク上のすべてのコンピュータが取引の正当性を確認します。正当だと確認されると、取引は他の記録とともに「ブロック」にまとめられ、それまでのブロック(チェーン)の末尾に追加されます。ブロックチェーンは仲介者を不要にし、金融をデジタル時代に引きずり込みました。それによって銀行に対してじわじわと存立基盤を侵食しています。ブロックチェーンは許容度が高いため、これまで銀行口座を持っていなかった数億人が、お金を保管する場を得ました。また、ブロックチェーンは容易に送金できる手段という面もあります。現在、国際送金市場は6000億ドル規模とされており、ウエスタン・ユニオンのような仲介業者は、自らが処理するすべての取引からたっぷりと手数料を取っています。

また、これほど多くの人が銀行口座を持っていない理由の一つが、正式な身分証明書を持っていないことです。しかし、ブロックチェーンはユーザーにネット上で通用するデジタルIDを付与することで、この問題も解決します。このデジタルIDは、公平で正確な投票も可能にします。さらに、IDが確立されれば、そこにレピュテーション・スコア(評価点数)を付けていくことができます。このスコアがあれば、現在は「ウーバー」などの信頼できる第三者を介して行われているライドシェアのようなサービスも、ピア・トゥ・ピアで行われるようになります。

加えて、ブロックチェーンはあらゆる資産の正当性を証明することもできます。たとえばあなたのエンゲージリングのダイヤが、搾取労働の産物ではないことを保証することができます。土地の所有権もブロックチェーンが役立ちそうな分野とされています。たとえばハイチは大地震、独裁政権、それに強制的避難があいまって、どの土地を誰が所有しているかはわかりにくくなっています。ブロックチェーンを使って登記簿を作成すれば、過去の取引がすべて記録されます。土地の所有権やその取引は常に追跡でき、本当の所有者がわかるようになるのです。

4. スマート・コントラクト

ブロックチェーンにはスマート・コントラクトのレイヤーが組み込まれています。たとえば現在のインターネット・ギャンブルでは、賭けたお金がきちんと支払われることを保証するギャンブルサイトという「信頼できる第三者」が必要とされます。賭けをする者同士が事前に結果の決定者を決めておき(ニューヨークタイムズ紙のスポーツ面など)、ブロックチェーンを使ってお互いに賭けをするという契約を結んでおけば、システムがニューヨークタイムズ紙のページをもとに賭けの勝敗を判断し、自動的に資金を移動します。これが「スマート・コントラクト」と呼ばれるのは、人間の介入を必要とせず、契約が自動的に履行されるためです。

5. スマート・オブジェクト

ソフトウエア業界のパイオニアであるエリック・プリエが設立したブイアトムは、ブロックチェーンを使って「スマート・オブジェクト」を生み出そうとしています。実は、スマート・オブジェクトの果たす役割を表現する言葉はまだ存在しません。最も基本的なレベルでは、スマート・オブジェクトとはブロックチェーン・レイヤー上に存在するデジタル・オブジェクトを指します。ブロックチェーン・レイヤー上に存在するというのは、スマート・オブジェクトには固有性があり、本物で希少性があるということです。それはまちがいなく唯一無二のものであり、それをあなたが私に譲渡すれば、それは私のものとなり、あなたが同じものを持っていることはありません。つまり物理的オブジェクトと同じように機能するものです。次のレベルはどのようなものか。たとえばあなたがスマートグラスを装着してニューヨークの街中を歩いているとします。コカ・コーラの瓶が6本並んだ広告が目にとまると、あなたは自分のスマホを取り出して、広告に向けてタップして購入します。すると、広告の中にあった瓶が1本あなたのスマホに飛んできます。広告の中のコーラは5本になり、1本はあなたのスマホの中のスマート・オブジェクト専用の保管場所に入ります。ここで注目すべき点は二つある。まずコーラをスマホに移動させるために、アプリをダウンロードしたり、ウェブサイトをアップロードしたりする必要はなかったという点です。スマホを向けてタップするだけで、あとはすべて自動的に処理されました。さらにいいのは、単に広告の中のコーラのデジタルコピーを入手しただけでなく、実際にコーラを1本手に入れたという点です。1本はあなたが入手したので、広告の中にはもう5本しか残っていません。あなたは周辺のバーに入り、自分のスマホからバーテンダーのスマホへコーラをスワイプするだけでいいのです。すると本物のコーラが出てきます。スマート・オブジェクトがクーポンのような役割を果たすというわけです。このように、スマート・オブジェクトは単にバーチャルと現実の世界を橋渡しするだけでなく、世界をゲームのように変えてしまう可能性を秘めている技術です。

保険の将来

1. 自動車保険の終わり

保険において重要なのは平均値です。保険業の基本的なビジネスモデルは、リスクを評価して保険料を設定すること、つまりこれだけのリスクをカバーするにはこれだけの費用がかかる、というのを見きわめることです。十分な数の顧客が集まり、十分な時間が経てば、費用は平均的なところに落ち着き、引き受け手は利益を得られます。たとえば現在の自動車保険の保険料は、ドライバーの年齢と運転歴、車両の特徴、そしてドライバーの居住地によって決められています。統計的に正確な保険数理表を作成するには、膨大なデータが必要になります。膨大なデータを集めるためには、膨大な数の顧客が必要であり、それだけの顧客を集めるには、膨大な数の営業要員が、集まってきた膨大なデータを分析するには、当然ながら膨大な数の統計学者が、こうしたいくつもの膨大を管理するためには、やはり膨大な数の管理要員が必要となります。このようにこれまでは「膨大の法則」によって、保険業は大手企業が牛耳ってきました。医療保険と生命保険のどちらにおいても、健康な人が支払う保険料が、健康ではない人にかかる費用をまかなっています。しかし健康な人は結局、保障を受けるために不必要に高い保険料を負担することになり、契約上つねに敗者となります。では健康な人がこのような状況にうんざりして、ソーシャルメディアで健康な仲間を募り、データを共有して自前の保険をつくってしまったらどうなるでしょうか? 保険ビジネスでは、一番リスクの低い顧客が離脱してしまうと、統計が機能しなくなります。健康な人々がグループから抜けてしまうと、リスク曲線が劇的に変わるのです。そして、費用をまかなうためには残った人全員の保険料を引き上げる必要があります。さもなければ保険会社は破綻します。だが全員の保険料を引き上げると、残った人もみな他の保険に乗り替えようとするので、やはり保険会社は破綻してしまうことになります。

2. クラウド保険の台頭

今まさにそうした事態が起きており、主役の分権型のピア・トゥ・ピア保は「クラウド保険」と呼ばれています。クラウド保険には仲介業者がいません。保険会社の代役を務めるのは、大量のテクノロジーです。アプリがデータベースにつながっており、そのデータベースがAIボットにつながっています。この一連のテクノロジーが加入者のネットワークを運営します。加入者は保険料を支払い、必要な場合は保険金を請求し、それをネットワークが承認します。別の言い方をすれば、テクノロジーによって伝統的な保険会社が必要としていた四つの膨大のうち、三つ(営業要員、統計学者、管理要員)が不要になるのです。たとえばレモネードという会社は、アプリを通じて小規模な加入者グループをとりまとめます。加入者が単一の「保険請求プール」に保険料を振り込むと、あとの運営はAIが引き受けます。手続きはモバイルで簡単に、あっという間に完了します。保険に加入するのに3秒、保険金の請求から支払いまでは3分、いずれも面倒な書類を記入する必要は一切ありません。ここにさらに別のテクノロジーを組み合わせているのが、スイスのイーサリスクです。同社は暗号通貨「イーサリアム(Ethereum/ETH)」のブロックチェーン上で「オーダーメイド型保険商品」を販売しています。スマート・コントラクトによって従業員や書類など伝統的保険会社に必要だったさまざまな要素が不要になり、まったく新しい保険商品が続々と生まれています。イーサリスクの最初の商品は伝統的保険会社にはなかったもので、飛行機の遅延や欠航を補償します。利用者がクレジットカードを使って加入すると、飛行機が5分以上遅延した場合には即座かつ自動的に保険金が振り込まれます。書類手続きは一切必要ありません。これらはほんの一例にすぎず、クラウド保険は爆発的に増加しつつあります。

加速する世界に備える

1. 自動化により雇用はなくなるか

人類に降りかかろうとしている問題の一つに「ロボットやAIが雇用を奪う」というものがあります。オックスフォード大学の研究では、これから数十年でアメリカの雇用の47%が失われるおそれがあり、世界全体ではその割合は85%にまで高まる可能性がある、と指摘されています。しかし、事実は異なります。たとえば、このロボットによる大打撃の兆候が最初に表れるはずの雇用市場においては、失業率は5%に届かず、多くの州では人手が足りていません。さらに、雇用環境の改善に伴って一般労働者の賃金が上昇しています。人間の働き手がまもなく消滅するのだとしたら、このようなこと起きません。想定される未来では、自動化によって失われる雇用より、新しいものに置き換わる雇用のほうがはるかに多いとされています。たとえば1970年代末にATMが登場したとき、銀行で社員の大量解雇が起きるのではないかという深刻な懸念がありました。しかし、実際には銀行員の大量失業は起きませんでした。ATMによって銀行の運営コストが低くなったために、拠点数は40%増え、それに伴い社員の数も増えたのです。

2. テクノロジーと雇用機会

同じように、エクスポネンシャル・テクノロジーが誕生するたびに、多くの雇用機会が生まれます。実際に、マッキンゼーが中国、ロシアからアメリカまで3カ国を対象に実施した調査では、インターネットは破壊した雇用の2・6倍の雇用を生み出していたことがわかっています。もちろん、いずれ消滅する仕事もあります。トラック運転手やタクシー運転手、倉庫や小売業の従業員など、ロボットは幅広い仕事に置き換わっていきます。問題は、こうした影響が社会全体に広がる前に、労働者を再教育する時間があるかどうかです。2018年7月時点で、アメリカには670万人分の求人があります。これは、かつてないほどの人手不足です。単に雇用があるというだけでなく、かつてないほど人手が必要とされています。こうした求人を埋めるために、迅速に労働者を再教育することができるか、それこそが私たちの解決すべき課題です。

3. テクノロジーは人類をおびやかすか

現在「エクスポネンシャル・テクノロジーには人間の存在をおびやかすか」についての議論が世界中で繰り広げられています。ここでは解決策を「視野」「予防」「統治」の3つのカテゴリーに分けて解説していきます。

(1) 視野

重要なのは「どれくらい先を見通すか」ということです。太古の昔に形成された人類の脳は、近視眼的にモノを考える習性があります。しかし進化の過程で、私たちの将来に関する時間軸は6カ月程度に設定されました。私たちはこの時間軸を伸ばすために「満足遅延耐性」と呼ばれる性質を発達させてきました。自らの寿命を超える満足遅延耐性を発揮できるのは、人類の顕著な特徴です。しかし、私たちはこの能力を失いつつあります。フューチャリストのスチュアート・ブランドは「文明は猛烈な勢いで、病的なまでに近視眼的になりつつある」と指摘しています。こうした傾向の原因は、テクノロジーの加速、市場主義経済ならではの短期的思考、あるいは個人がマルチタスクに追われて注意散漫になっていることと言われています。人間の存在をおびやかすリスクから身を守りたければ、長期的視野で物事を考える必要があります。

(2) 予防

長期的思考を現実世界で実践するというのは、あらゆることを「予防」する必要があります。たとえば、AI、ネットワーク、センサー、衛星のコンバージェンスにより、私たちは、現行のものとは比較にならないほど高度な、グローバルな脅威を探知するネットワークを構築できるようになります。悲惨な飢餓やテロ攻撃の被害を防ぐためのグローバルな食物網モニタリング、感染症を引き起こす病原菌から核物質まで大気中の多種多様なにおいを嗅ぎ分ける装置、AIを使った暴走AIを探知する仕組みなど、提案されているネットワークは多岐にわたります。このような発想を身につけ、将来を見越した予防の技術を磨く必要があります。

(3) 統治

国の統治システムの変化はゆっくりと民主的に進むように設計されていますが、エクスポネンシャルな世界では、反応時間を大幅に短縮することが求められます。1997年以降、 バルト海沿岸の小国エストニアはデジタルガバナンスのパイオニアとして、何をするにも時間と手間のかかる政府部門のデジタル化を推し進めてきました。その目的は、反応時間の大幅なスピードアップです。国民が政府に何らかの問題を解決してもらいたいと思ったとき、たいていの国では長時間待たされたり、お役所仕事に悩まされたり、さまざまな難題に直面します。それがエストニアでは公共サービスの99%がオンライン化されています。国民は5分もかからずに納税でき、選挙では世界中のどこからでも安全に投票することができ、自らの医療情報はすべてブロックチェーンによって保護された分散型データベースで入手できるのです。国全体で煩雑な手続きが減少した結果、800年分の作業時間を節約できたと言われています。エストニアの例に刺激を受けて、現在世界中の政府がデジタル化を進めています。そして多くのスタートアップ企業がそれを支援しています。以上のように、政府のデジタル化は急速に進んでおり、将来の地球には必須の進化と言えるでしょう。

さいごに

NASAの小惑星探知計画、オランダの水と共生するための都市の再設計といったさまざまな予防策は、エクスポネンシャルリスクを除去するのに十分なものか。答えは「まだまだ」と「まだ」の中間あたりでしょう。しかし、今後を楽観すべき理由が三つあります。一つめはテクノロジーによるエンパワーメントです。500年前にはこのような世界規模の壮大な問題に立ち向かう能力を持っていたのは王侯貴族だけでしたが、現代はそうした力を私たち全員が持っています。二つめの理由は機会です。世界最大級の問題は世界最大級のビジネスチャンスでもあります。つまり環境、経済、人間の存在をおびやかすさまざまなリスクは、いずれも起業家精神とイノベーションの発射台となるのです。三つめの理由はコンバージェンスです。私たちは人類の直面する脅威について、リニア(直線的)に考えがちなところがあります。過去のツールを使って未来の問題を解決しようとする傾向があるのです。人工知能、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど、これから私たちが手にする最も強力なテクノロジーの多くは、ようやく実用化されつつある段階であり、私たちがすでに手にしている解決策もまた、ますます強力になっていくでしょう。