『リブラの野望 破壊者か変革者か』藤井彰夫、西村博之

by AIGRAM

目次

リブラ(Libra)とは

1. リブラの構想

米Facebookが主導する新たなデジタル通貨「リブラ」が話題となっています。金融に変革を迫る未来の通貨なのか、それとも世界の厄災をもたらす秩序の破壊者なのか。本記事では、リブラの概要や描く未来像、問題点について触れていきます。

リブラの構想は、2019年6月、リブラ協会によって、次のように発表されました。

  • 仮想通貨の名前は「リブラ」。2020年前半のスタートを予定。
  • スマートフォンなどを使い、ほぼ手数料なしで世界中に送金が可能となる。
  • ネット上や現実の店舗でも手軽に代金の支払いができる
  • ブロックチェーン(分散型台帳)を使って情報改ざんなどの不正を防止。
  • 預金や国債などの資産で裏打ちする「ステーブル・コイン(安定通貨)」を志向。
  • ドル、ユーロ、円など主要通貨のバスケットと価格を連動。
  • リブラの担い手は「リブラ協会」で、フェイスブックはその1構成員。

リブラが大きな注目を浴びた理由は2つあります。1つは、Facebookと仮想通貨という組み合わせの意外性です。写真をシェアしたり、メッセージを送ったりするコミュニケーションのツールであるFacebookと、仮想通貨の組み合わせは衝撃的でした。何より、Facebookには、27億人のユーザーがいます。これは世界の人口の3割近い数字です。そんな世界最大ソーシャルメディアを後ろ盾にした仮想通貨が出現すれば、前例のないスピードで広がることは容易に想像できます。世界で最も人口が多い中国、そしてインドでも、それぞれの人口は13億人強とFacebookの半分ほどに過ぎません。その意味で、Facebookは一企業でありながら、世界のどの国よりも大きな潜在力を持つ通貨の発行主体とも言えます。

注目を浴びたもう1つの大きな理由は「リブラの野心」です。リブラをグローバル通貨として確立させるための「しかけ」が、計画の随所にちりばめられています。たとえば、リブラの担い手となるリブラ協会です。当初、参加を表明しメンバーは20足らずでしたが、名を連ねたのは米マスターカードや米ビザなど決済大手のほか、米ネットオークション大手のイーベイ、音楽配信サービスのスポティファイ、ライドシェア大手のウーバーテクノロジーズなど、そうそうたる面々でした。メンバーの数は、リブラが始動する時点で100まで増やす計画だとしています。これは「フェイスブックが牛耳る仮想通貨」というイメージを払拭しつつ、有力企業の威光でリブラへの信頼を高める算段です。

2. 秩序の破壊者

リブラはグローバル通貨としての地位をめざす過程で、従来の制度やルールに沿って戦うという手法をとっていません。むしろ既存の秩序に立ち向かい、それを変えていこうとしています。こうした戦闘的な姿勢が、はからずも話題づくりに一役買ったと言えるでしょう。リブラは一義的には、決済・送金ツールです。しかし、世界中の人々がほぼコストなしに手軽に送金できるようになれば、既存の決済インフラは大きな打撃を受けることになります。既存のプレーヤーにとって、リブラは危険な秩序の破壊者に映るでしょう。

3. 「Libra」の由来

フェイスブックによると、リブラの名前の由来は3つあるといいます。

  • (1) 通貨の鋳造時に使われた古代ローマの重さの単位。お金の実体価値を示す言葉。
  • (2) リブラは占星術で「てんびん座」を指す言葉で、正義、公正のシンボルでもある。
  • (3) リブラという響きは、フランス語などラテン系の言語で「自由」を意味する「libre」を連想。

つまりは「公正で自由で実体価値をもつお金」です。そのようなイメージを浸透させたいフェイスブックの狙いが込められた命名だと考えられます。また、通貨には「$」「¥」「¢」といった簡略化のために使う通貨記号がありますが、リブラの場合は「水平に走る3本の波線」を用います。この波線は、人々の間を流れるエネルギー、境界線を自由に越えて流れる水の特性、そして人やお金の自由な行き来を象徴しています。1リブラがどの程度の価値を持つのかはまだ不明ですが、1米ドル前後になるとの見方が多いようです。

リブラの特徴

リブラとは、具体的にどのようなデジタル通貨なのでしょうか。リブラの事業計画書とも言えるのが、2019年6月18日に発表されたホワイトペーパーです。発表したのはリブラ協会。プロジェクトを進めるためFacebookが他の企業連合とともに立ち上げた、スイスに本拠を置く非営利団体です。

1. リブラの使命

ホワイトペーパー(企画構成書)は、リブラのミッションを次のように記しています。

「多くの人々に力を与える、シンプルで国境のないグローバルな通貨と金融インフラになる」

具体的には、以下のような取引例を挙げています。

・友達が世界のどこにいてもメールと同じように瞬時に、低コストでお金を送れるようになる。
・海外で働く人が祖国の家族に簡単に送金できる。
・大学生がコーヒーを買うのと同じくらい手軽に家賃を払える。

こうした形でグローバルかつ手軽に資金を移動できるようになれば、「世界中で多大な経済機会が生まれ、商取引が増える」というのがホワイトペーパーの主張です。実際、お金をやり取りするための複雑さやコストは無視できません。たとえば、小額の品物やサービス、デジタル・コンテンツを売る場合、送金や決済にかかるコストが高すぎると商売そのものが成り立たなくなります。こうした問題をリブラが解決できれば、埋もれていたビジネス機会の掘り起しにつながる可能性があります。地球の裏側にいる人同士が組んで、新たな商売を始めるといった動きも増えるかもしれません。

2. 主要通貨のバスケットに連動

リブラの大きな特徴の1つは、価値がドル、ユーロ、円など複数の通貨と連動している点です。いわゆる通貨バスケットの考え方です。現状、通貨の内訳について、ホワイトペーパーは記していません。しかし、リブラの開発プロジェクトを率いてきたデビッド・マーカス氏は、米議会証言で「およそ30%がドル、そしてユーロ、英ポンド、円などが入る」と証言しています。

なぜリブラは単一の通貨でなく、複数通貨のバスケットで価値を裏付ける判断をしたのでしょうか。そこには、リブラを世界中で使われるグローバルな通貨にしたい意図が込められています。たとえば、リブラの価値をドルなど一国の通貨と連動させると、ドルが大きく変動した場合、欧州や日本の利用者には大きな影響が生じることになります。逆にユーロだけに価値を連動させると、米国や日本の利用者からみた価値は安定しません。そこで、誰もが少しずつ影響を受ける代わりに特定国・地域の人々が過度に振り回されるのを避ける「痛み分け」の仕組みとしたのです。これにより世界中の多くの利用者にとって、それなりに安定した受け入れやすい通貨をめざしたと解釈できます。ドル、ユーロ、ポンド、円などを対象としたのは各国・地域の経済規模やフェイスブックの利用者数を勘案してのことと考えられます。

3. 人民元は含まない

議会証言で、マーカス氏は中国の人民元がバスケットに含まれないことを明言しました。中国は米国に次ぐ世界第2の経済規模を誇るにもかかわらず、です。これは、フェイスブックが中国で禁止されていて、リブラ普及へのハードルが高いことと関係しています。加えて、中国に対する米議会の警戒感も背景にあるようです。

独誌シュピーゲルは、リブラを構成する通貨バスケットの詳細を「米ドルが10%、ユーロが8%、日本円が4%、英ポンドが11%、そしてシンガポールドルが7%の割合で含まれる」と報じています。経済規模から考えれば、決して大国とはいえないシンガポールの通貨をバスケットに含めた狙いは2つ考えられます。1つには、シンガポールの金融市場や法的インフラが発達していて安定的に通貨や国債を取引できることです。2つ目は、シンガポールがフィンテックを国策として強化しており、最新技術に好意的な点です。この分野で東南アジアの模範となっているシンガポールを引き入れることで、アジア地域でのリブラ普及に弾みをつけたいものと考えられます。

4. 裏付け資産

リブラのもうひとつの大事な特徴が、資産によって価値を裏付けている点です。具体的には預金や国債を保有し、それによって価値を裏打ちします。リブラは先に述べたように通貨バスケットの仕組みをとるため、保有する預金や国債もドル、ユーロ、円などの通貨建てとなります。多くの仮想通貨には裏付けとなる資産がありません。代表的な仮想通貨(暗号資産)であるビットコインも同様です。裏付けとなる資産がないということは、本質的な価値が乏しく、適正な価格がどこにあるのかを説明しにくいことを意味します。

市場の価格は原則として需給で決まります。ギャンブル要素が強いと、思惑的な売り買いで価格が乱高下しやすくなります。ビットコインの価格が急上昇と急降下を繰り返してきたのは、これが原因です。このようになってしまう、通貨としては機能しにくくなります。実際、ビットコインで買い物をする人々はごく少数に限られます。そもそも「将来ビットコインは値上がりする」と期待している人々はそれを手放さず、決済に使ったりしないため、通貨として流通しにくくなるという矛盾を抱えています。リブラの設計者はビットコインの欠点を教訓に、価値を資産で裏打ちするという別の道を選んだのです。

5. 「安定通貨」は本当に安定なのか?

特定の資産に対して価格の安定をめざす仮想通貨は「ステーブル・コイン(安定通貨)」と呼ばれています。リブラも、この安定通貨に区分されます。しかし、この「安定」が何に対しての安定かは注意が必要です。安定通貨は何らかの資産に対し価値の安定をめざしますが、対象となる資産はいろいろとあります。円など単一の通貨や、リブラのような複数通貨のバスケット、金や原油といった商品の場合もあります。リブラが安定通貨だと聞くと、価値が安定しているよう錯覚しがちですが、これは間違った認識です。

リブラはあくまでドル、ユーロ、円などの通貨バスケットに対して安定をめざしているので、むしろどの国の人にとっても外貨のような位置づけになります。当然、円を使って生活する日本人からみても、リブラの価値は上下します。たとえば、バスケットのおよそ半分を占めるドルが急落すればリブラの価値は大きな影響を受け、円をリブラに交換していた人には損失が生じる可能性が高いです。ホワイトペーパーでは、次のように記されています。

「リブラを必ずしも特定地域の通貨で同じ金額に交換できるとは限らないことを強調したい。これはリブラが単一の通貨に固定されていないためだ。裏付けとなる資産の価値が変動するのに合わせ、特定地域の通貨に対する1リブラの価値も変動しうる」

それではリブラの価値は、どれくらい変動するのでしょうか?1つの参考になるのは政府間の債権債務の決済に使われる、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)です。人民元が含まれている違いはあるものの、ほかの通貨の構成はドル、ユーロ、円、ポンドなどリブラと重なっています。米ピーターソン国際経済研究所の分析によると、1985~2019年のこれら通貨間の変動幅は4~6%にとどまり、特に近年は振幅が小さくなっています。リブラの変動幅も、同様にかなり小幅になる可能性があります。Facebookは、世界中の人々がリブラを使う未来を目指しています。それが実現すれば、リブラを現地通貨に戻す必要性が減り、為替差損をあまり意識せずに済みます。

6. ブロックチェーンの活用

ネット上で取引されるデジタル通貨の信頼を確保する上で、大きな課題となるのは、二重譲渡や偽造などの不正対策です。リブラはここにブロックチェーンの技術を使います。ブロックチェーンは、もともとビットコイン(Bitcoin/BTC)などで用いられてきたデータ管理の技術です。取引の記録がネットワーク上の複数のコンピューターで共有されているのが特徴で、「分散型台帳」とも呼ばれます。こうした仕組みが、中心的な管理者を不要にしています。取引を承認するにはネットワークの参加者(ノード)が互いに監視し合いながら、一定期間中の取引記録を検証し、データの塊(ブロック)として鎖(チェーン)状に次々とつないでいきます。これがブロックチェーンの名前の由来です。

この仕組みが不正防止にきわめて有効とされるのは、いくつか理由があります。まず従来のデータ管理の手法と違って、取引の記録が中央の1カ所に集まっているわけではないので、特定のサーバーにハッキングしてデータを完全に書き換えるということができません。仮に一部のサーバーに保管されたデータを書き換えることができても、ほかの複数の場所で管理されている正しいデータと照合されて不正が見抜かれてしまいます。また、取引データの塊を鎖につなぐ承認作業には、ハッシュ関数と呼ばれる特殊な計算手順に基づき、高速コンピューターを使って膨大な計算を行う必要があります。いわゆるマイニングと呼ばれる作業です。鎖に格納された過去のデータを少しでも改ざんすると、以降の鎖は連鎖してすべて無効になるようプログラミングされています。これを計算し直すのはきわめて手間がかかるので事実上、改ざんは不可能とされています。こうしたブロックチェーンの技術は不正防止にごく有効なため、リブラでも採用されるにいたりました。

ただし、ビットコインとリブラのブロックチェーンは、根幹部分が異なります。ビットコインのネットワークは「開放(パブリック)型」なのに対し、リブラは当初は「閉鎖(プライベート)型」を想定しています。ビットコインの場合、技術的な要件を満たせば、原則として誰でもマイニングに参加できます。一方、リブラの場合、取引の承認作業に関われるのは、少なくとも当初はフェイスブックをはじめとする限られた企業群だけです。リブラの運用開始時には、100社まで拡大したいとしているリブラ協会のメンバーが、そうしたノードを担うとしています。ビットコインは、中心的な管理者を排除したブロックチェーンの革新性が支持につながっていました。リブラはそのブロックチェーン技術を使いながら、中心的な管理者を置く。完全な中央集権型でもありませんが、分散型でもない中間的な特徴をもったデジタル通貨といえます。

こうした背景には、技術的な問題があります。リブラが小口の取引などにも使われるようになれば、取引量そのものが莫大になります。膨大な計算が伴うブロックチェーンの承認作業は、劇的に増加するでしょう。それを公開型のネットワーク上で確実、安全に承認することは困難です。取引が遅延したり、送金が滞ったりといった障害が起きる可能性があり、安定性に問題が生じかねません。それでも、ホワイトペーパーでは「5年以内に非許可型のネットワークに移行できるよう、コミュニティと連携して調査と移行の実施を進める」と書かれています。

なお、ビットコインのブロックチェーンでは、取引の承認に関わる計算を最初に完了した人に報酬としてコインが与えられる「マイニング」の方式がとられています。ただ、世界中で多くのマイナーらが一斉にコンピューターを稼働させるため、大量の電力をムダに消費しているとの批判も多くあります。リブラのブロックチェーンではこうした方式はとらず、ネットワーク参加者の合意形成によって取引を承認します。3分の2の参加者が合意すれば取引が承認される仕組みとするので、仮にハッキングなどでコンピューターのサーバーの最大3分の1で不正や不具合が起きても、取引が正常に行われます。

7. 「スマートコントラクト」で新種のサービス展開

リブラのブロックチェーンには「Move」という独自のプログラミング言語を使って「スマートコントラクト」を組み込むこともできます。スマートコントラクトとはその名の通り、契約(コントラクト)などをスマートに効率よく自動で実行するためのプロトコル(手順)です。つまり、リブラはこれまで別々のものだった「お金の決済」と「契約」を一体化した存在とも言えます。

たとえば、ある金融商品を契約するとします。あらかじめ契約条件を定めておけば、契約内容の確認と履行、代金の決済という一連の流れが自動で完結し、取引記録も保管されます。人や代理店などの仲介者も不要で、事務手数料などのコストも時間も節約できます。フェイスブックはリブラにスマートコントラクトの機能を実装し、そのためのプログラミング言語を開放する計画です。契約に基づく確実な取引の履行と厳格な記録の管理が求められる金融ビジネスは、もともとスマートコントラクトと相性がいいとされています。こうしたリブラの機能を使って従来の枠にはまらない新種の金融サービスが生まれる可能性も高いです。たとえば、仲介者なしに契約を結べるスマートコントラクトの特性を生かして、さまざまな顧客がそれぞれの場面に合わせて条件を選択し、機動的に契約を結ぶことができる新種の保険などです。リブラが決済分野をはじめ、伝統的に金融機関が担ってきた業務を奪う可能性ばかりが指摘されていますが、他方でリブラとその技術がまったく新たな市場を生み出すシナリオも想定されます。

8. 電子財布「カリブラ」

フェイスブックはリブラを取引するためツールとして「カリブラ」という電子財布を提供する予定です。電子財布とはスマートフォンなどにダウンロードして使う決済用のアプリです。カリブラの場合、まさに財布のようにリブラを貯めたり、引き出して支払いにあてたり、同じ電子財布をもつ相手に送金したりすることができます。現地通貨とリブラを交換するにあたっては、その時々のレートがカリブラの画面に表示されます。

現在は、個人間の送金や、店舗のレジでQRコードにスマホをかざして買い物するといった使い方を主に想定していますが、その後は用途を広げていく計画です。ボタンひとつで公共料金を支払う、現金や定期券なしで地元の交通機関や地下鉄を利用できる、などです。すでにフェイスブックは、写真共有アプリのインスタグラムに業者が商品を販売できるショッピング機能を導入しており、ここにも将来カリブラを組み込んでリブラで買い物ができるようにする意向です。

リブラと日本の3つのシナリオ

1. 円と民間デジタル通貨とリブラの共存

これは、キャッシュレス決済手段が乱立する「戦国時代」から、民間主導のデジタル通貨の1つのシステムに収束していく「天下統一」のシナリオです。銀行の影響力が強い日本では、銀行が共同で1つのデジタル通貨、キャッシュレス決済インフラをつくるのが実現性の高いシナリオだと考えられます。リブラのような多国籍のデジタル通貨は、日本で増える外国人労働者の本国への送金や、日本に住む外国人の買い物用に、日本の小売店舗でも受け入れるところが増えていきます。日本に住む外国人はリブラ建て生活を望む人が増え、一部企業はリブラ建てで賃金を支給するところも出てくるでしょう。それでも大半の取引は日本円と円建てのデジタル通貨で行われるというシナリオだ。ただ、これまで国内のほぼすべての金融取引が円建てだったのに対し、リブラが「通貨」として定着すれば、日本国内で複数の通貨が流通することになります。リブラ以外の他のデジタル通貨も流通すれば、それだけ円建て取引圏は縮小します。そういう意味で、円とリブラが共存する世界は、政策当局者に緊張感をもたらす可能性もあります。

2. 中央銀行発行のデジタル円が登場

これは、日本円を守るために日本銀行が自らデジタル円を発行するシナリオです。リブラなど多国籍のデジタル通貨の活用が日本国内でも広がる一方、民間で安心して使いやすい円ベースのデジタル通貨ができないケースです。日銀は国民に直接ではなく、金融機関などを通じてデジタル円を配布することになりますが、デジタル円自体は銀行を介さずに個人間や企業間でやりとりできるようになるので、既存の銀行離れが進む可能性がある。日銀はデジタル、円によって円建て取引を維持することで、自国通貨を通じた金融政策の効果を維持できます。デジタル円が普及すると、マイナス金利など金融政策の柔軟性が増すという見方もあります。

3. 円の信認低下とリブラ化

3番目は危機シナリオです。日本の財政の持続性に疑念が生じ、通貨・円の信頼が揺らいだ時に、日本国民が自らの資産を守ろうと安全な資産に資金を移そうとするケースです。従来ならドルやユーロなど外貨資産や貴金属などの実物資産というのが定石ですが、リブラのようなデジタル通貨が日本でも定着していれば、人々は円をリブラに交換しようと殺到するかもしれません。そうなると一気に日本中がリブラ化する可能性もあります。その場合は、円の価値は急激に下がり、物価が急騰しハイパーインフレになる恐れもあります。円の信認がなくなれば、国内の小売店も円の受け取りを拒否し、リブラやドルなど外貨を要求するでしょう。国内のリブラ化が進むと、政府や日銀も金融政策や為替政策などを通じて自国経済をコントロールしていくことが難しくなります。

重要なのは、リブラのようなデジタル通貨の取り締まりを厳しくする規制よりは、円の信認を失わないように健全な経済・財政運営をすることです。リブラがなくても、日本が国家経済運営を失敗して、財政の持続性など信認を失えば、日本の円の価値も暴落します。リブラなど民間デジタル通貨は、むしろ国家が健全な経済政策をとる見張り役を果たしてくれるかもしれません。リブラ構想が突き付けた課題に真摯に取り組み、円に対する信認を維持することが、今後の日本にとって重要なことかもしれません。