『フィンテック』柏木亮二

by AIGRAM

目次

本記事では、今話題の「フィンテック」について解説したいと思います。金融関係者はもちろん、新規参入を目指すベンチャー企業、金融システムを提供するITベンダー、法制度や規制について関心がある方におすすめの内容となっています。

1. フィンテックとは

フィンテックは、金融を意味する「ファイナンス」と技術を意味する「テクノロジー」を組み合わせた造語です。日本では2015年頃から注目を集め始めました。「フィンテック」の正式な定義は存在しませんが、金融審議会では「主に、ITを活用した革新的な金融サービス事業を指す」とあります。一般的には「既存の金融ビジネスを破壊する新興企業」を指す意味で使われています。

2. フィンテックが注目される理由

フィンテックがこれほど注目を集める理由は大きく2つあります。1つは「新しくて便利なサービスが次々と誕生しているから」と言うもの。もう一つの理由は「フィンテックは既存の金融機関の存続を脅かす可能性を秘めているから」と言うものです。

(1) フィンテックが注目される理由①「新しくて便利なサービスである」

「新しくて便利なサービス」の代表例として、次のような新しい企業が続々と登場しています。

① PayPal

簡単な決済手段を提供し、さらに個人間でお金を送るサービスを実現。

② スクエア

スマートフォンに「ドングル」と呼ばれる機器を取り付けることで、それまでクレジットカードが利用できなかったお店などでクレジットカード決済を可能にした。

③ シンプル

店舗を待たずにスマートフォン上で銀行と同じサービスを提供している。

これらの新しい金融サービスの多くは、スマートフォンを活用し、シンプルでわかりやすい画面デザインを備え、はじめての人でも理解しやすい操作方法を実現しています。このような優れたサービスを使ってしまうと、それまでは使いにくいとは思っていなかったにもかかわらず、使いにくいサービスを使う気にはなれないものです。

(2) フィンテックが注目される理由②「便利な機能が既存の金融機関を脅かす」

新しいフィンテックサービスは、登場した段階ではあまり機能が充実していないことが大半です。例えば、登録できる金融機関の数が非常に限られている、などです。しかし、ベンチャー企業は驚異的なスピードで機能を充実させていきます。そしてある時点で、既存の大企業が提供しているサービスと同等か、それ以上の機能を実現することになります。こうして、既存の企業のビジネスを脅かす存在となるのです。

ベンチャー企業は、利用者のニーズに応える優れたサービスを提供しようと必死です。利用者が抱えている不満を的確に捉え、それをきれいに取り去ってくれるサービスを提供するように努力します。一方、既存の金融機関サービスは、長い年月をかけて多くの機能を追加してきたため、サービスを作り替えるには大変な労力と時間、コストがかかります。驚異的なスピードで進化を続けるフィンテックサービスが、変われない既存の金融機関のサービスを駆逐してしまうのではないか。こういった期待と不安がフィンテックに注目が集まるもう一つの理由です。

加えて、フィンテックサービスは、既存の金融機関サービスと比べて、非常に低価格でサービスを提供しています。中には無料で提供されているサービスも存在します。フィンテックにとっては、これも大きなアドバンテージとなります。

日本にフィンテックが適合するか

ここまで「全世界で注目されているフィンテックとは何なのか」について見てきましたが、日本の状況はどうでしょうか?日本の金融の特徴を踏まえたうえで、フィンテックと日本の相性について考えていきたいと思います。

1. 貯蓄が中心の資産構成

日本銀行の資金循環統計では、「家計部門の保有金融資産」は2015年末時点で1741兆円にのぼります。金融資産の内訳を構成比率で見ると「現金、預金」が51.8%となっており、資産の過半数が現金、預金で保有されていることがわかります。ヨーロッパでは34.4%、アメリカでは13.7%と、日本はまだまだ「貯蓄」が金融資産の主流となっています。

資産運用のサポートはフィンテックの一大領域です。しかし日本の場合、積極的な資産運用が活発であるとは言い難い状況です。フィンテックサービスにとっては、当面厳しい環境が続くと考えられます。

2. 高齢者に偏る金融資産

野村総合研究所による日本の家計金融資産の保有状況を、世帯主の年齢別に推計したデータを見ると、60歳以上の世帯で6割以上の資産を保有していることがわかります。若い世代の金融資産が少ないのは当然ですが、それを考慮しても、日本は高齢者に金融資産がかなり偏っています。このような高齢者への金融資産の偏りは、フィンテックにとってもあまり良い環境ではありません。

フィンテックサービスの多くはスマートフォン上での利用を前提としています。しかし、日本の高齢者のスマートフォン普及率は諸外国と比べてもまだ低い水準にとどまっています。また、投資アドバイスなどのサービスは、投資意欲を持った利用者がある程度存在することが前提です。日本の現状を踏まえると、スマートフォンのサービスを充実させるよりは、丁寧で親しみやすい接客を重視する方が合理的です。日本の若年層は、保有する金融資産も少なく、また資産形成にも苦労しています。海外と同じようなフィンテックサービスがそのまま日本でも受け入れられる可能性は、現時点では低いと考えられます。

3. 支払いもまだまだ現金が主流

2014年時点では、日本では現金が決済手段の過半数を占めています(現金51.8%、クレジットカードは15.0%)。日本は現金を利用するのに適したインフラを整備しています。例えば、全国にある金融機関の支店や郵便局、コンビニなどに設置されているATMは、世界でもトップクラスの台数が設置されています。また、多額の現金を持ち歩くことにもあまり抵抗がありません。犯罪が少ないためです。冠婚葬祭では、現金を送り合う習慣も根強く残っています。

しかし、現金は非常にコストがかかる決済手段です。紙幣の印刷・流通・保管するコスト、現金を銀行に運ぶ際の厳重な警備付きのトラック手配、銀行で毎日行われる現金を数える作業、ATMに現金を補充するコスト、現金を保管するための金庫の準備などが当てはまります。

現金の利用は徐々に縮小する方向へ世界は向かっています。日本でも大都市圏を中心に交通系電子マネーが広く普及しつつあります。しかし、日本では様々な電子マネーの規格が氾濫しており、対応する店舗の負担が大きいといった課題が指摘されています。また、高齢者にとって電子マネーやスマートフォンのアプリを使いこなすことは大きな負担です。これらの事情を踏まえた上で、現金の比率を下げていくための取り組みが求められています。

いま何が起こっているのか

それでは、フィンテックの具体的なサービスとは、どのようなものがあるのかを見ていきたいと思います。大枠で考えると、フィンテックがもたらすものは「金融のデジタル化」です。ここでは、金融のデジタル化によって起こる金融サービスの変容について、具体例を踏まえて紹介していきたいと思います。

1. 「入り口」のデジタル化

金融機関にとって「本人確認」は非常に重要な課題です。この本人確認は、テロや金融犯罪の増加を受けて、世界的に規制が強化されている領域です。金融サービスでは、口座の開設や多額の金融取引等には、必ず本人確認が求められます。この本人確認には、顔写真の付いた本人確認書類(免許証など)によるチェックが原則として要求されます。現在一部の銀行や証券会社などで、スマートフォンだけで口座開設の申し込みが行えるサービスが実施されています。免許証をスマートフォンのカメラで撮影し、必要事項を記入すれば郵送等の手間なく口座開設が行える画期的なサービスです。

2. トークナイゼーション

トークナイゼーションとは、機密情報の一部を別のデータに置き換えることで情報漏洩に対するセキュリティを高める方法です。直訳すると「トークン化する」という意味になります。機密情報をやり取りする際に、その機密情報そのものではなく機密情報を置き換えた「引換券」をやり取りすることで情報の安全を守る方法です。

例えば、アップルが提供しているApple Payに採用されています。簡単に説明すると、iPhoneに登録されたクレジットカード番号に一部を、乱数を用いてまったく別の番号へ置き換えて記録します。この置き換えられた番号が「トークン」です。実際に買い物をするお店(加盟店)などでは「トークン」を使ってやり取りがされます。最後に、カード会社からカード利用者に請求する企業(イシュア)に対して、初めて元のカード番号が通知される仕組みとなっています。

3. 電子マネー

日本の電子マネーには大きく分けて2つの種類があります。1つが「前払式」、もう一つが「後払い式」の電子マネーです。後者には、主にクレジットカードがあります。前者にはカタログギフト券、IC型プリペイドカードなどがあります。特にIC型プリペイドカードでは、楽天EdyやSuica、nanacoなどがあります。これらのICカードは発行枚数、決済回数、決済金額のズレどれも毎年伸びています。日本は普及率の点では、世界有数の電子マネー先進国です。都市圏に住んでいる人のほとんどは交通系ICカードを持っています。今後も利用者が増えていき、キャッシュレス化、デジタル化が進むことが期待されます。

また、新しい支払い方法として「モバイルペイメント」と呼ばれるものがあります。日本の「おサイフケータイ」の機能に追加して、個人間での電子マネーやポイントの交換ができます。例えば、PayPalでは、相手がPayPalのアカウントを持っていれば個人間で送金することができます。これらの決済方法は既存のクレジットカード決済と比べて初期費用が非常に少なく、新たに導入するお店側からしてもメリットの大きい決済方法です。日本でもLINE Payや楽天Edy、PayPayなどが挙げられます。

4. 集約される口座情報

金融機関の口座情報を1つの場所に集約して表示してくれるサービスを「アグリゲーション」と呼びます。これがさらに進化したPFM(パーソナル・フィナンシャル・マネジメント)は、家計簿機能や支出分析機能、資産運用アドバイス機能、税金計算機能などの機能を提供しています。日本でもPFMサービスは最も注目を集めているフィンテック領域の1つです。

主な事業者としてマネーフォワード、ザイム、マネーツリーなどがあります。各社ともスマートフォンで毎日の支出を記録できるアプリを提供しており、その機能も日々進化しています。スマートフォンでレシートを撮影すれば、その中身を自動的に読み取って、適切な支出項目に振り分けてくれる機能などがあります。

金融ビジネスへの影響

ここでは既存の金融機関の存在を脅かす可能性のあるフィンテックサービスについて解説していきます。

1. ロボアドバイザー

ロボアドバイザーとは、オンラインで資産運用の助言を行うサービスです。これは現在、アメリカを中心に急速に拡大しているフィンテックサービス領域の1つです。近年、株や投資信託などの金融資産を売買する際の手数料で稼ぐのではなく、老後を見据えた中長期的な資産運用のアドバイスを行い、そのアドバイスに対する報酬として預かり資金の1~2%を手数料として受け取るというスタイルが定着しています。

本来、このアドバイスを行うのはフィナンシャルアドバイザーですが、これをロボットが代わりに行います。ここで言うロボットとは、コンピュータプログラムによる分析とアドバイスのことです。パソコンやスマートフォンに特化したサービスなので、金融機関の営業姿勢に疑問を感じている人にとっては、コンピュータに基づく中立的なアドバイスは非常に合理的と考えられます。また、手数料が低く抑えられており、少額の資産からでもサービスを利用することができます。

2. ライフログの活用

SNSやスマートフォンの普及で、生活のいろいろな活動(ライフログ)を記録することが可能になりました。このライフログを活用することで、新たな金融サービスを生み出しているフィンテック企業があります。

例えば、アメリカのエイファームは、オンラインショッピングの買い物に分割払いを提供してくれるサービスです。エイファームを使えば、クレジットカードを持っていなくても分割払いで買い物ができるようになります。エイファームが銀行に変わってローン審査を行ってリスクを査定し、ユーザーに銀行ローンを仲介しているのです。口座を開設する際に、氏名や住所、生年月日等の入力情報をもとに、SNS上の友人関係、ウェブサイト閲覧履歴、オンライン購買履歴などの「ライフログ」を分析して、ユーザーの信用度を評価します。この信用度分析に人工知能を活用しています。信用度が高ければ金利は低くなる仕組みです。また、利用手数料はかかりません。

3. 保険のフィンテック

保険業界はテクノロジーの進化によって、大きな影響を受ける可能性のある業界です。ビックデータの影響やリアルタイム情報の利用、自動運転の活用が挙げられます。例えば、アメリカのメトロマイルでは、走行距離に応じて保険料を算出するサービスを提供しています。ほぼすべての自動車に装着されている車両診断用の機器のデータとGPSデータを利用して、実際の車の走行距離を計測します。そして、年間5000マイルしか運転していないドライバーなら、保険料が半額になるといったサービスを提供しています。

また、アメリカのプログレッシブでは、自動車に専用デバイスを使い装着することで、ドライバーの運転状況に合わせて保険料が変動する自動車保険を販売しています。この専用デバイスは、ドライバーの走行パターンを自動的に記録し、その運転の安全度合いを評価することで保険料を割り引いてくれます。例えば、1日の走行距離や運転する時間帯、急ブレーキの回数などで安全運転かどうかを評価するのです。

ブロックチェーンというイノベーション

1. ビットコインとブロックチェーン

ビットコインは次のような特徴を実現した仮想通貨です。

  • (1) 第三者機関を必要としない直接取引の実現
  • (2) 非可逆的な取引の実現
  • (3) 少額取引における信用コスト削減
  • (4) 手数料の低コスト化
  • (5) 二重支払いの防止

ビットコイン(Bitcoin/BTC)は2016年時点で、日本円で1兆円を超える時価総額となっています。このビットコインを支えている技術が「ブロックチェーン」です。このブロックチェーンは、欧米を中心とした他の金融機関から新たな取引インフラとして注目されています。ブロックチェーンは、ビットコインなどの分散型暗号通貨を支えるコア技術です。その名の通り「取引の記録」をまとめた「ブロック」を「チェーン(鎖)」のように順次追加していくことが、その名前の由来です。

2. ブロックチェーンの特性

ブロックチェーンは、その構造上、従来の集中管理型のシステムに比べ、①改ざんが極めて困難であり②実質ゼロ・ダウンタイムシステムを③安価に構築可能、という特性を持っています。

ブロックチェーンには、過去からのすべての取引記録が記録されています。そのため、ビットコインを奪うために取引記録を不正に書き換えようとすると、過去の全てのブロックを書き換える必要が生じます。しかし、そのような書き換えを行うには、膨大な規模の計算パワーが必要となります。そのため、データを改ざんする事は事実上、不可能になります。

現在、金融業界にとどまらずあらゆる領域でブロックチェーンの研究が行われています。適用分野としては、電子マネー、クラウドファンディング、著作権管理、レンタカー管理、電子カルテ、IoTなどがあります。ブロックチェーンは現在、最も活発に研究が行われている領域であり、多額の投資も行われています。さらに金融領域以外での活用の可能性にも注目されており、あらゆる取引を革新する技術となる可能性を持っています。

ブロックチェーンに関する記事は他にも
【書籍紹介】ブロックチェーン入門」「【書籍紹介】ブロックチェーンの事例」「【書籍紹介】ブロックチェーンの特徴」などがありますので、ぜひ御覧ください。

3. フィンテックが作り出す新たな未来

流通量流通業や製造業、サービス業は長年顧客との「長期的な関係」の構築に注力してきました。しかし、フィンテックを活用することで新たな長期関係の構築・維持が可能になります。一度購入すれば、長期間利用する耐久消費財を提供する企業、例えば自動車会社を考えてみましょう。自動車会社に限れば、顧客との接点は数年に1度の車検や、買い替えのタイミングに限られます。 しかし、自動車会社は傘下に自動車ローンやクレジットカードを提供するファイナンス会社を持っています。ローンの返済は毎月訪れます。クレジットカードでガソリンを給油すれば、そこでも接点が生まれます。また、ETCは高速道路の利用状況を知らせてくれます。このような顧客接点は、どれも金融サービスと密接に紐付いています。

このようなサービスを全て連動させることで、新たな顧客との関係を構築することが可能になります。例えば、ローンの返済にポイントを付与し、そのポイントでガソリンの割引を受け入れたり、駐車場料金がポイントで支払えたり、といったサービスが登場することが考えられます。これらのポイントはブロックチェーン上で管理され、他のポイントとの交換なども自由に行えるようになるでしょう。フィンテックとIoT、そしてブロックチェーンが結びついたとき、様々な新しいサービスが誕生していくことが期待されます。