『億万長者は税金を払わない』大村大次郎

by AIGRAM

現在の日本は格差社会であり、子どもの貧困率はOECDの中でも最悪レベルとなっています。少子化で子どもが減っているのに子どもの貧困率が高いのは、国家の存亡にかかわる事態だといえます。それは富裕層優遇税制が敷かれるようになってからのことです。以前は、日本は「一億総中流」とも言われ、みなが豊かで格差の少ない社会でした。なぜなら、昔は金持ちからそれなりに税金をとっていたからです。1980年代までは、高額所得者はその収入の8割が税金としてとられていました。そのため、成功しても、それほど莫大なお金を残すことができませんでした。しかし、現在の高額所得者は、最大でも50%しか税金で取られません。さらに、富裕層には様々な税金の抜け道があり、実質負担はかなり低くなっています。場合によっては、フリーターの税負担よりも安くなっているケースもあります。富裕層は稼げば稼ぐだけ、自分の懐に入れることができるのです。この二十数年の日本では、消費税増税や社会保険料の値上げで庶民の税負担を大きく増やす一方で、富裕層や投資家、大企業の税金は大幅に下げられてきました。この富裕層優遇税制、投資家優遇税制は日本の社会に大きな歪みをもたらしています。この格差社会は日本の少子高齢化を加速させ、国際競争力を低下させた大きな要因でもあります。富裕層優遇税制は決して日本の社会を豊かにするものではなく、日本の衰退を招くものだったのです。

本記事では、ここ二十数年の日本の税制がいかに金持ち優遇になってきたか、それがいかに日本社会を歪めてきたのかを解き明かしていきたいと思います。

目次

フリーターが富裕層より多く税金を払う社会

ここ二十数年の日本では富裕層がもてはやされる一方で、国民全体の収入が低下し深刻な格差社会が生じています。特に子供の貧困率はOECDの平均よりもはるかに高く、34カ国のうち下から10番目という状況です。この格差の大きな要因は、「金持ち優遇政策」にあります。実は今、日本で最も税金を払っていないのは富裕層です。「日本の金持ちは世界でもトップレベルの高い税金を払っている」。これはまったくのデタラメです。確かに日本の所得税の税率は、世界的にも高い水準です。しかし、これにはカラクリがあります。日本の富裕層の所得税には様々な抜け穴があって、実質的な負担税率は驚くほど安いのです。

1. 所得税について

日本の税制では、富裕層の最高税率は50%です。ここだけ見ると富裕層の負担税率は先進国でトップクラスであり、たくさん税金を払っているように見えます。しかし、日本の富裕層の実質的な税負担は、フリーターよりも安いのです。ポイントは、「多くの富裕層は配当で収入を得ている」という点です。富裕層は大企業の株をたくさん持ち、配当という形で収入を得ています。日本には、配当所得に対する税優遇制度があります。配当所得は、どんなに収入があっても所得税、住民税を合わせて一律約20%で良いことになっています。これは平均的なサラリーマンの税率とほぼ同じ水準です。2008年の調査によると、所得1億円までは税率が上がっていきますが、1億円を超えると急激に税率が下がるということがわかっています。所得1億円の人の実質税負担率は28.3%ですが、所得100億円の人は13.5%まで下がるのです。これは、所得が高い人は配当所得の割合が高くなるためです。また、配当所得者に限らず、経営者や地主など富裕層の主たる職業では、同じような税金の抜け穴が用意されています。名目通りの高額税率を払っている富裕層は、ほとんどいないといえます。

2. 社会保険料について

富裕層の実質税負担が少ないもう一つの要因として、社会保険料が挙げられます。社会保険料とは、日本の居住者であれば、一定の条件のもとで必ず払わなくてはならないものです。しかし、国民の多くは社会保険料の高さに苦しんでいます。社会保険料は年々上がり続け、税金と社会保険料を合わせた負担率は40%にも昇ります。これは実質的に世界一高いといえます。「日本は少子高齢社会を迎えているのだから、社会保険料が高くなるのは仕方ない」。多くの人はこのように考えると思います。しかし、富裕層の社会保険料の負担率は驚くほど低いのです。例えば、5億円の配当収入者ではわずか0.5%に過ぎません。なぜなら、社会保険料には上限があるからです。国民健康保険の場合は、介護保険と合わせて約100万円が上限です。つまり、いくら収入があろうが、100万円以上の保険料は払わなくていいのです。国民健康保険の上限に達する人は、年収1200万円程度とされています。極端な話、1億2000万円の収入がある人の負担率は、年収1200万円の人の10分の1で良いことになります。収入が増えれば増えるほど、社会保険料の負担率は無料のように安くなっていくのです。

3. 消費税について

富裕層は消費税の負担率も非常に低くなっています。例えば、低所得者は収入のほとんどを消費に回してしまいます。そのため、収入に対する税負担率は限りなく消費税率に近づきます。日本の消費税は、ヨーロッパ諸国の間接税のような生活必需品の税率を非常に低く抑えるという配慮もありません。そのため、低所得者の消費税負担率は約10%になります。その一方で、富裕層が消費するのは収入のごく一部であり、収入の大半は貯蓄や投資に充てられます。年収5億円の人が年間1億円を消費し、残りの4億円は貯蓄や投資にあてた場合、収入に対する消費税負担率は2%になります。つまり、収入に対する消費税負担率で見た場合、年収200万円のフリーターの方が年収5億円の配当所得者よりも何倍も高いのです。

近代国家の税制度

1. 金持ちの税負担を多くする

「金持ちの税負担を多くすること」は近代国家にとって、ごくごく常識的な税制度です。税金には所得の再分配という役割があります。経済社会においては自由に経済活動をしていると、どうしても貧富の格差が生じてしまいます。また、病気や怪我、事故などで思うようにお金が稼げなくなった人、親の会社を継ぐだけで莫大な収入を得られるようになった人など、様々な不公平があるのが実態です。その不公平を放置していれば、社会の安寧上、様々な問題が生じてきます。そのため、富裕層に多くの税を負担させ、それを貧しい人などに分配することで、社会の安寧を保とうとするのは自然な流れといえます。注意すべき点は、税金の負担額と負担率を混同してはならないということです。例えば、年収200万円の人が10%の税金を払えば20万円、年収1億円の人が10%の税金を払えば1000万円になります。金額だけを見ると「金持ちは偉い」となりがちです。しかし、年収200万円の人が10%税金を取られるのと、年収1億円の人が10%取られるのでは負担感は全く違います。年収200万円の人の場合、10%取られると死活問題になりますが、年収1億円の人にとって10%は屁でもありません。仮に50%を税金で取られたとしても、まだ普通の人の何倍も余裕があるのです。だからこそ、国民全体の生活安定を考えて近代国家では富裕層の方が負担率を高くする累進課税制度がとられています。そのため、先進国はどこも金持ちの方が税負担率は高くなっています。「負担額」ではなく「負担率」も大きくなっているのです。しかし、日本は金持ちの方が税負担率は安くなっています。これは完全に時代に逆行しており、日本はもはや近代国家ではないとさえいえます。

2. 金持ちは消費税増税を推奨する

富裕層の代表ともいえる「ホリエモン」こと堀江貴文氏は、消費税増税をずっと推奨してきました。「他のヨーロッパの国々はもっと消費税が高い。だから日本はもっと消費税を上げるべきだ」。このような発言は堀江氏に限らず、富裕層や財界はこぞって消費税増税を推奨してきました。なぜ彼らが消費税を推奨してきたかというと、彼らにとっての消費税は最も都合の良い税金だからなのです。高額所得者や投資家の税金はここ二十年間ずっと下げられてきました。その代わりの財源として消費税は創設され、徐々に税率が上げられてきました。消費税は、国民から広く浅く徴収する税金です。高額所得者の税金を安くし消費税を増税するということは、富裕層からとっていた税金を、国民全体に課すようになったということです。多くの日本国民はこの事実に気がついていません。もし国民がこれに気づけば、金持ちとしては都合が悪いわけです。そのため金持ちたちは、高額所得者の税金や配当の税金を上げられないように、消費税の増税を正当化してきたのです。財務省としても安定財源を確保したいため、消費税を推奨してきたという背景があります。このため、今ではすっかり「消費税はいい税金」と国民に信じられています。しかし、消費税は庶民の生活に直結する税金であり、消費税が創設され税率が挙げられることに国民生活は低下しつつあります。日本経済が低迷している時期と、消費税の創設、増税の時期とはぴったり一致するのです。日本国民の消費は、バブル崩壊以降ずっと下がり続けてきました。ちなみに、先進国で家計消費が減っている国というのは日本くらいしかありません。これでは景気が低迷するのは当たり前のことです。消費税を増税すれば、さらに国民の生活は苦しくなり、景気は低迷に向かいます。

3. 「先進国の消費税はもっと高い」というのは嘘

消費税増税に対して国民の反対意見が少ないのはなぜか。それは政治家や官僚、経済評論家やマスコミが「日本は他の先進国に比べれば消費税が非常に安い。だから増税するとしたら消費税だ」と主張するためです。しかし、この主張には大きな欠陥があります。ヨーロッパの先進国と日本の消費税では、その中身が全く異なります。消費税の最大の欠点は「低所得者ほど負担割合が大きくなる」ことです。ヨーロッパ先進国の間接税の税率は高くても、日本と違い、低所得者に対する配慮が行き届いています。例えばイギリスでは、標準税率が20%であるものの、電力の供給や防犯用品、避妊用品等は軽減税率5%、食料品や上下水道、出版物、医薬品は軽減税率0%となっています。このようにヨーロッパ諸国は、低所得者に手厚い配慮をした上での高い消費税となっています。一方、日本では所得者の配慮などほとんど行わないまま、消費税だけをどんどん上げていこうとしているのです。最近では国際機関から「日本の貧困率、貧富の格差は先進国で最悪のレベル」という発表もされています。

4. 低所得者支援

また、ヨーロッパの先進国は低所得者に対する社会保障が充実しています。新型コロナの対応においても、欧米では厳しいロックダウンをするときに、休業補償等や国民への生活費の支給など手厚い支援がありました。一方日本では、国民に自粛を求めるばかりで、休業補償などはまともにありませんでした。これは新型コロナに限ったものではありません。生活保護を含めた低所得者の支援額は、イギリスではGDPの4%、フランス、ドイツでは2%、アメリカでは4%であるのに対し、日本では0.4%程度です。これでは当然低所得者の生活状況は全く違ってきます。日本では低所得者の援助というと、生活保護くらいしかありません。生活保護は受給するためのハードルが高く、本当に生活に困っている人でもなかなか受け取れないのが現状です。日本以外の先進国では、生活保護基準以下で暮らしている人たちのうち、実際に生活保護を受けている人は70~80%ですが、日本では約20%程度です。生活保護というと不正受給ばかりが取りざたされますが、実際は生活保護の不受給のほうがはるかに大きな問題です。そもそも欧米の先進国では、生活に困る人が出ないような社会保障システムが確立されています。例えばイギリスやフランス、ドイツでは、失業保険が切れた人や、失業保険に加入していなかった人の生活費の補助があります。

日本の現状を変えるには

1. 富裕層の所得税を増やす

今の日本の現状を変え、かつてのような活気ある国にするには、高額所得者にきっちり税金を課す必要があります。現在の日本の所得税には様々な抜け穴があるので、まずはそれをしっかり塞ぐことが大切です。そして、金持ちや大企業に少なくとも欧米並みの税負担を求めることです。具体的には、1980年代程度の税負担をしてもらうことです。1988年と現在の税金の違いは次の4点です。

① 大企業の税率が大幅に下げられた
② 高所得者の税率が大幅に下げられた
③ 資産家の相続税の税率が大幅に下げられた
④ 消費税が導入された

これを見れば、1988年以降、国の税制は大企業や金持ちを優遇し、庶民の税負担を増やしてきたということがいえます。1988年は消費税がまだないにもかかわらず、税収が約50兆円ありました。現在の税収は約60兆円です。現在と1988年を比べれば、GDPは40%以上上昇しています。そのため、以前の税体系をそのまま持ってくれば、概算で70兆円の税収が得られます。つまり、当時の税体系であれば、消費税がなくても今よりはるかに多くの税収が得られるのです。

2. 財産税を創設する

税金に関する全ての抜け穴を塞ぐには時間がかかります。また、富裕層がこれまで抜け穴を利用して蓄積してきた富はそのまま残されてしまいます。その対策として、富裕層の資産へ直接税金をかけることが最善手といえます。つまり、「財産税」を創設するのです。現在、日本の税収の柱は「法人税」「消費税」「所得税」の3つです。これらの税金は、すべて所得が消費にかけられるものです。しかし本来税金というものは、所得や消費だけにかけるものではありません。資産にかけることもできるのです。資産に税金をかけることで、最も公平で最も大きな税収を得ることができます。所得や消費は国民の生活に直結するものです。例えば所得税が増税されれば、給料の手取り額が減ります。そうなると生活が苦しくなり消費も減ります。それがまた不景気を招くことになります。消費税でも同じです。消費税が上がれば物価が上がります。同じ給料で物価が上がるなら当然生活は苦しくなります。こうなれば必然的に消費が減り、景気を冷え込ませてしまいます。ここで、資産に税金をかければ、そういった国民生活への負担を最小限に抑えられます。資産とは、所得から消費を差し引いたものです。当面必要ではない、いわば予備のお金です。これに課税すれば富裕層の富に直接アクセスできます。消費には全く影響が出ず、国民生活が苦しくなるわけでもありません。資産に税金をかけるのは、特段珍しいことではありません。そもそも、日本の資産への課税は非常に少ないのです。資産税の種類の中には相続税がありますが、これはほとんど機能していません。固定資産税にも超割引制度があり、資産家にはきっちり課税されていないのが現状です。今の日本経済は所得や消費が減り、資産は異常に膨らんでいます。先進国と比較しても、所得や消費は高くないのに資産だけが大きいのです。それは低所得者の所得や消費にばかり重い税金をかけ、金持ちの資産に税金をかけてこなかった背景があります。これを改善していく必要があるのです。

3. 富裕税はアメリカでも導入が検討されている

資産に対する課税の中で、現在の日本で最も有効と思われるのは「富裕税」です。富裕税とは、余剰資産にかけられる税金です。フランスなど先進国の一部で導入されているもので、アメリカでも昨今検討されています。これは例えば、「1億円以上の資産を持っている人に1%の税金をかけましょう」という仕組みです。その資産を持っていない人には、税金は一切かかりません。そのため一般の生活に直結するものではなく、税率は低いため、富裕層にとっても負担感はそれほど大きくありません。数十億円持っている人が、そのうち1~2%を税金で払っても生活に支障は出ません。しかし、富裕税はわずかな税率でも莫大な税収を生みます。日本には国民純資産が4000兆円近くあるとされています。そして、その多くを資産1億円以上の富裕層が持っているとみられています。これに1%の富裕税を課せば、概算でも40兆円の税収となります。資産の少ない人を課税免除するとして、その減収分を差し引いても、20~30兆円はゆうに生み出せます。 2019年時点、10%の消費税でも税収は20兆円しかありません。それをたった1%の富裕税で稼ぐことができるのです。今の日本の財政問題の大半はこれで片が付きます。また中間層以下の人たちに大幅な減税をできるでしょう。さらに、消費税を凍結もしくは5%以下にすれば、消費も上向くはずです。つまり、金持ちが所有する資産にたった1%の課税をするだけで、日本の懸案事項はほとんど解決するのです。

さいごに

ここまで日本の税金に対する現状とその対策についてお話ししてきました。日本に富裕税を導入するというのは、過剰な発言と思われたかもしれませんが、実はそうでもありません。富裕税は金持ちにとっても有利な税金です。富裕税の創設とともに相続税を廃止すれば、金持ちの実質的な負担感は減ります。相続税と富裕税を比べると、相続税の方が負担は大きいのです。現在の相続税は最高税率が55%です。相続はどの家族でも大体30年に一度発生するので、資産家は30年に一度、財産の55%を取られることになります。しかし富裕税の場合は、毎年1%しかかからないため、30年間毎年同額を払ったとしても、30%にしかなりません。富裕税の方が25ポイントも割安といえます。また、相続税は一度にごっそり取られますが、富裕税は毎年少しずつしか取れません。相続税に比べて、実質的な負担感は非常に小さいといえます。いうなれば富裕税は「相続税の分割払い」ということです。これはあくまでも一例ですが、日本にはこのような経済力の低下への対策がなされることを期待しています。